2011年4月25日月曜日

チェコ旅行 20 二人は若い

このBloggerでブログを初めて三年半以上たちまして、一つ問題が近づいてきました。

ここは一日に上げられる画像容量に制限がないことをよしとして、考えなしに撮った画像をブログに載せまくってたら1 GB の保存容量がいっぱいになってきました。

他のブログに移転することも考えて、いくつかのブログを試したりしたのですがどうも違和感を感じてしっくり来ないのです。

いつの間にかブロガーじゃないとダメな体にさせられてました。

 それと今までは一度ブログに上げた画像は場所を移動させるとクリックしても画像を大きく表示できなくなるので、最初に全部乗せる画像の構成を決め手から順番に上げたりしてたので非常に時間がかかっていたのですが、エディタが新しくなってその問題が解決されたのと、画像を大きくして載せることができるようになっていたので、このままこのBloggerで存続させる道を探ってみました。

http://picasa.google.com/support/bin/answer.py?hl=ja&answer=39567

年間 5 ドル払うと20 GB容量が増やせるとのことで購入することにしました。

一ギガ使いきるのに三年半以上かかったので単純計算ですが、20ギガ使い切る頃にはブログのタイトルが

「なんたって107歳!」になってしまいます。


  

 夜は桐渕さんが醸造所直営のレストランに連れて行ってくださいました。
娘さんもご一緒していただけるとのことで、通われているアイスホッケー場にむかえに行きました。

 


桐渕さんの娘さんが通うアイスホッケーの練習場のすぐ向かいにはピルスナー・ビールの元祖である「ピルスナー・ウルケル」のビール工場がありました。あたり酵母のにおいが一面に広がっています。




ちなみにウルケルとは「原点」という意味です。

Pivovar Štiřínská stodola


http://www.stirinskastodola.cz/cz
Pivovar(ピボバル)とは英語のブリュワリー【brewery】の意味の醸造所です。特にビール醸造所をしめして、醸造だけでなく販売およびパブを兼ねたものを言うそうです。



写真左手前がディランさん(19歳)ハーフの方で現在イギリスの大学に留学しています。
おく左が桐渕賢二さん(あっ、おいくつなんでしょうか?)


そして次女の桐渕望美(きりぶちのぞみ)さん18歳高校生でいらっしゃいますそうです。




か、、、、、かわええ(* ´д`*):


ブログ三年半やってきて初めて顔文字使ってしまったほどのブリリアントっぷりなのです。

小さくて可愛くてとにかくこれが噂に名高い若い子のお肌ってやつなのですかと、そのあまりのきめ細やかさに心トロけて吸い込まれそうになっておもわず顔がにやけてしまうのをすぐ隣にお父様がいらっしゃるので悟られぬように必死で菩薩顔をよそおっておりました。

こんなにドギマギして恥ずかしい感情が芽生えたの初めてです。


ゆーあびる37にしてやっと思春期に突入したみたいです。











これと下の写真の二枚はホームページから拝借した画像です。
ここのビールの名前はMagnátは英語のtycoon(タイクーン)「実力者」「大物」と言った意味です。

最初はもちろんチェコ発祥の ピルスナータイプをいただきました。
美味しかったです。お昼ごろ飲んだ生ブドヴァルもよりも私はこっちの方が好みでした。
日本の一般の旅行客でここの生ビールを飲んだ人などいないとのことなので、ビール好きにとってかなりの記念です。
そして私はここで初のグヤーシュを頂きました。ジャガイモで作られたクネドリーキってモチモチしていて美味しかったです。





そして桐渕さんに進められて黒ビールも頂きました。うんまかったです。

そして最後帰る前にこのビボバルから歩いてすぐに綺麗な洋館があるというので見に行きました。





後は若い二人にまかせて,

私は民宿桐渕に帰って、一人チェコ瓶ビール飲んで寝ました。

2011年4月18日月曜日

チェコ旅行 19 フルボカー城

チェスキー・クルムロフからプラハに帰る時に桐渕さんがちょっと寄り道して行きましょうと、もう一つの城下町に連れて行ってくださいました。



フルボカー城に向かう坂からシャトーホテル・シュテクルが見えます。
城に付随する厩を改造した建物でフルボカー城の左向かい城の敷地内にあります。


"チェコで最も美しいお城"と言われる「フルボカー城」です。
13世紀に建て始められたとのこと。

26回も持ち主が替わり、最後はドイツ出身の貴族シュヴァルツェンベルク家がチェスキークルムロフ城の次に、新しい拠点としてフルボカー城主になりました。
その頃19世紀にイギリスのウィンザー城をまねて改装されたました。

第二次大戦後までシュバルツェンベルク家のものでした。

シュヴァルツェンベルク家の紋章にはトルコ人の頭をつつくカラスが描かれています。
オスマントルコの進出に大いに悩まされていたことが伺えます。

 
  これはチェスキークルムロフ城のものです。桐渕さんに撮っておいたほうがよいですよと言われたので撮っときました。
 
ドアノブまでもです。






チェコ語の城内見学ツアーに参加することができました。
普通なら英語のツアーじゃないと外国人は困るところですが、桐渕さんがいらっしゃるので通訳していただけました。
英語もチェコ語も分からない自分には本当に嬉しかったです。





狩猟好きの城主がいる城なので、どの部屋に入っても動物の頭の剥製とライフルがこれでもかと壁中に飾られていました。





 



チェスキークロムロフがファイナルファンタジーの世界の町並みなのに対し、
ここは高台に絵に描いたような白亜の城があって、それを取り囲ように街があり教会があってその周りは森と
まさにドラクエの世界感満載でした。



もう一度訪れた場所なので、ルーラ覚えたら


飛んで行けます。



-------------------------------------------------------------------------------------------------------------
オフシーズンで天気も曇っていたので、どうしても写真から漂うどんより感がぬぐえないのと


私の撮影技術では十分にこのお城の美しさを映し出せていないので、お城の名誉のためにネットから画像を拝借して貼り付けておきます。
-------------------------------------------------------------------------------------------------------------
☆     ☆     ☆     ☆     ☆           ☆     ☆     ☆     ☆     ☆

城の前はバラ園になってます。
どこから突然にアンソニーが現れても驚きません。
乙女度が高いです。


2011年4月12日火曜日

チェコ旅行 18 クルムロフ城

        
■スヴォルノスティ広場■


中心にある像はペストに対する庇護を願って聖母マリアにささげられたもので、1715年頃造られました。

マラーストラナ広場にも「ペストの円柱」がありましたが、ペストを終病を願う為の古い建造物がヨーロッパにはいたる所にあるそうです。

当時、ヨーロッパの全人口の約3分の1もの人が死滅したそうなので、いかに人々に恐れられていた伝染病だったと感じます。


チェスキー・クルムロフ城の次に高い建物の聖ヴィート教会に入ってみました。


ゴシック様式の教会はアルデンベルク の設計により1439年に完成したそうです。


教会の主祭壇には聖ヴィートとマリアが描かれています。


写真撮ってる人がいたのでいいかなと思い写したのですが、帰って調べてみると内部は撮影禁止だった見たいです。



いよいよ お城に入ります。


第2の中庭に入る手前のお堀には、18世紀前からクマが飼われているとの事ですが、この時はいなくて桐渕さん残念がっていました。




中庭と中庭をつなぐ回廊をぬけます。



街の中を蛇行して流れているヴァルタヴァ(ドイツ語でモルドウ)川が、自然の要害となって街を守っています。

「チェスキー」は“チェコの”で、「クルムロフ」は“ねじれた川辺の草地”という意味です。



タイルのように見えますが、フレスコ画で描かれただまし絵です。


城と城を結ぶ回廊です。




城の渡り廊下からの眺めです。





第五の中庭からプラーシュチョヴィー橋と上層の城館からの図です。